福井地方裁判所 昭和27年(行)5号 判決
原告 土谷六右衛門
被告 南条地方事務所長
一、主 文
被告が昭和二十七年二月二十七日に別紙目録記載の建物に対してなした公売処分は、これを取消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、次のとおり陳述した。
被告は、原告に対する昭和二十三年度事業税第一、二期分金一万九千八百円、同事業税割金一千六百五十円、同年度不動産取得税金一万円、同年度電話税金二千七十円、右に対する督促手数料金百四十四円及び同延滞金一万一千三百七十九円合計金四万五千四十三円の滞納処分として、昭和二十四年十一月十一日原告所有の別紙目録記載の建物(以下本件建物という)に対して差押処分をなし、昭和二十七年二月二十七日に公売処分をしたのであるが、右公売処分は次に述べるとおり違法である。即ち、
(1) 被告は、右公売処分の前提である本件建物の差押処分をなした際、国税徴収法施行規則第十六条第三項に基き当該差押調書の謄本を原告に交付しなければならないのに拘らず、これを交付しなかつたのである。不動産に対する差押については、差押調書の謄本を交付することが差押の効力発生要件であるから、本件建物の差押処分はまだその効力を生じない。従つてかゝる差押処分を前提としてなした本件公売処分は違法である。
(2) 被告は、本件建物の公売処分をなすに当り、該建物の見積価格を金十六万円と定めて公売に付し、金十六万二千円をもつて売却したが、本件建物は、昭和二十二年十月頃新築したものであつて武生市における固定資産税の対象としての評価額は金七十五万千三百円である。しかるに被告が右のとおり見積価格を極めて低額に決定したことは違法である。
(3) 本件公売公告は昭和二十七年二月二十二日になされ、本件公売期日は同月二十七日であつたから、その公告期間は正味四日に過ぎない。かゝる短期間の公告は、公売の日時等を国民に周知せしめる期間としては適切でないので違法である。若し国税徴収法施行規則第二十二条第二十八条に公告期間を短縮することができる旨の規定があるため該規定によつて前記のような短期間の公告が適法であるとすれば、該規定は、最短期間の制限もなく、又右期間の短縮については、当該行政庁の自由裁量に委しているのであるから、一日か二日という極めて短かい期間を定めることもできることになり、公売期日において適正なる競争入札が行われない結果となる。従つて該規定は、憲法によつて保障された国民の財産権を侵害する虞があるので、憲法第二十九条に違反するものといわなければならない。
(4) 被告は、本件公売公告を被告の事務所にある掲示場に掲示したに過ぎない。本件建物のように高価な物件の公売については、国税徴収法施行規則第三十一条但書に規定されているように、必要と認める適当の場所において、適当の方法をもつて公告し、これを国民に十分に周知させる手段をとらねばならないのにも拘らず、被告は、税務署や国税庁が通常行つているような物件所在地の市町村役場の掲示場及び一種又は数種の新聞紙に右公告を掲載するという方法を採用しなかつたのである。このことは公告の適当なる方法を欠いたもので違法である。
(5) 被告は、本件公売の入札に当り、国税徴収法施行規則第二十条に規定されている保証金として金三万六千円を落札者三田村清三から交付を受けるについて、同金額を現金又は国債をもつて受領すべきものであるにも拘らず、右金額の内、金二万円については、同人が振出した武生信用金庫宛の小切手を受領した上、同人を落札者と決定したのであるから、本件公売処分は違法である。即ち個人振出の小切手は、現金と異り、これを交付することは、債務の本旨に従いたる現実の提供とはならない。若しかゝる方法で入札保証金の提供が許されるとすれば、それは公売における保証金制度を破壊することになる。
(6) 本件公売の入札に当り、落札者三田村清三は、本件建物の見積価格が金十六万円であることを知つていたので、予め広部忠及び奥山石太郎と協議の上、三名が共同して本件建物を三田村清三名義で安価に落札し、これを転売してその利益を三名で分配しよう、と約束した。そして本件公売期日に右奥山は、右の事実を隠し、競争入札をするような外観を装い、落札する意思がないのに金五万円の価格で入札し、右三田村は、見積価格をわずか金二千円超過するにすぎない金十六万二千円で入札して落札したのである。かゝる行為は、刑法第九十六条の三第二項の「公正なる価格を害し又は不正の利益を得る目的をもつて談合した」行為に該当するのみではなく、かゝる談合行為によつてなされた入札は、公の秩序又は善良の風俗に反し、民法第九十条により無効である。従つて右のように無効な入札に基いてなされた本件公売処分は違法である。
被告指定代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、答弁として次のとおり陳述した。
原告主張の事実中、被告が、原告に対する昭和二十三年度事業税等の滞納税額金四万五千四十三円の滞納処分として、原告主張の日時、原告所有の本件建物について、差押処分をなし、次いで原告主張の日時、右物件について、公売処分をなしたこと、被告が右公売処分をなすに当り、本件建物の見積価格を金十六万円と定めて公売に付し、三田村清三に金十六万二千円で落札したこと、本件建物の固定資産税の課税標準評価額が金七十五万千三百円であること、本件公売公告を昭和二十七年二月二十二日から同年同月二十七日まで被告の事務所掲示場になしたこと、本件公売の入札保証金として小切手が提供されたことは、いずれも認めるが、その余の事実は否認する。
(1) (原告主張の(1)の点について)本件建物の差押をなした際、被告の徴税吏員高島桂は、原告方において差押調書を作成したが、右差押の立会すら拒否されているという状態であつたから、その謄本を手交することは不可能であつたため、原告の居住している本件建物の玄関にこれを差し置いて交付して来たのである。原告も当該差押調書の謄本によつて本件建物につき差押があつたことを確認して、その後、滞納税額を分割して納付すべく、これを怠つたときは公売されても異議がない旨を記載した誓約書を被告に差し入れているのである。
又仮りに、原告主張のとおり差押調書の謄本が未送達のため本件差押処分が無効であるとしても、原告は昭和二十七年三月二十七日に被告に提起した異議の申立において公売処分の違法のみを主張し、差押処分については何等の異議をも申し立てなかつたのである。原告は、本件差押処分について不服があれば旧地方税法第二十四条(本件差押当時の法律を旧法と表示す。以下これに従う。)に基き法定期間内に訴願を提起すべきであつたにも拘らず、これをしなかつたのである。従つて本件差押処分は、既に形式的確定力を生じているから、本訴において該処分の違法を主張することはできない。
(2) (原告主張の(2)の点について)見積価格は、国税徴収法施行規則第二十三条の規定によつて明白なように行政庁が自らその裁量により決定すべきであるが、被告は、その決定をするについて国税徴収法施行細則第十二条の規定により、建築の経験者である師田庄左ヱ門に鑑定を命じた上、本件建物の特殊性、即ち、(イ)本件建物の敷地所有者は第三者であつて原告はその敷地を賃借しているに過ぎないこと、従つて本件建物の買受人が敷地所有者である賃貸人の承諾を得られない場合は、家屋を収去して土地を明渡さねばならなくなる虞があること、(ロ)本件建物内に原告が居住しているのであるから、原告に対して本件建物の明渡を求めるため多額の費用を必要とする虞があること、(ハ)公売の場合においては、一般取引社会における売買価格より低い価格で落札されるのが通常であること、(ニ)当初本件建物の見積価格は、金三十二万九千五百円であつたが、入札者がなかつたために漸次逓減していつたこと等を考慮し、本件建物の見積価格を金十六万円と決定したのであつて、同価格は相当である。
(3) (原告主張の(3)の点について)公売公告は、国税徴収法施行規則第二十二条の規定により原則として十日間の公告期間を必要とするが、財産を公売に附しても買受人がない場合に再公売をするときは、同規則第二十八条の規定により右期間を短縮することができるのである。本件公売は、第五回目の再公売であるから、被告は右規定に基き公告期間を短縮したのであつて、そこには何等の違法もない。
(4) (原告主張の(4)の点について)原告は、本件公売公告を被告の事務所前掲示場になしたのみでは公告の方法としては不適当であるというが、右掲示場は、国道に面しており、しかも該国道は、武生市において最も交通量の多い道路である(昭和二十三年の国道及び重要県道交通情勢調査から推察すれば、一日平均歩行者は三千人から四千人、自転車は二千台から三千台、荷車は五十台から八十台の通行があるものと思われる。)。又右掲示は、四千四百平方糎の大きさでなされたのであるから、通行人は、容易に右公売公告を見ることができたのである。従つてこの外に新聞紙等にまでも公告するという方法はとらなかつたけれども、本件公売公告の方法が不適当であるということはできない。
(5) (原告主張の(5)の点について)入札保証金は、買受希望者の義務履行の担保として徴収し、公売執行者たる行政庁の利益のために認められているものであるから、当該行政庁が提供された小切手が確実なもので担保の目的を達するものであると認定すれば、これを入札保証金として受領することは差支えない。よつて本件公売の入札保証金として小切手が提供されたことのみをもつて直ちに公売処分が違法であるということはできない。
(6) (原告主張の(6)の点について)原告は、本件公売処分の際に談合入札が行われたと主張しているが、かゝる事実は、被告の全く関知しないところであり、又被告の執行した公売入札の会場内においてもかゝる行為が行われた事実は全く認めることはできなかつた。若し被告の知らない場所において、かゝる談合行為がなされたとしても、原告が当該行為者に対し不法行為に基く損害賠償請求でもなし得る余地が生じることは格別であるが、本件公売処分自体を目して違法であるということはできない。
(立証省略)
三、理 由
被告が原告主張のとおり原告に対する昭和二十三年度事業税第一、二期分金一万九千八百円、同上事業税割金一千六百五十円、同年度不動産取得税金一万円、同年度電話税金二千七十円、右に対する督促手数料金百四十四円及び同延滞金一万一千三百七十九円、即ち合計金四万五千四十三円の滞納処分として、昭和二十四年十一月十一日原告所有の本件建物に対して差押処分をなし、次いで昭和二十七年二月二十七日に公売処分をなしたことは当事者間に争いがない。
ところが、原告は、「被告は右差押処分をなすに当り差押調書の謄本を原告に交付していないから、該差押処分はまだ効力が発生せず右公売処分は違法である。」と主張するので、先ずこの点について判断するに、成立に争いがない乙第一号証の二及び証人高島桂の証言を綜合すると、原告及びその妻土谷すなをらは、かねてから本件建物に居住しており、被告は、右差押処分をなすに当り、徴税吏員高島桂をして原告らの住居なる本件建物に赴かせたのであるが、右高島は、原告が不在であつたため、妻土谷すなをに本件建物を差押える旨を告げてその立会を求めたところ、これを拒否されたので、武生市警察署沢崎巡査の立会を求め、同巡査立会の上、本件建物の差押をなし、原告方において差押調書を作成したけれども、その謄本を交付するに当り、右高島は、前記のように差押の立会さえ拒否されている現状では右謄本を土谷すなをに直接手交することは不可能であると考え、これを本件建物の玄関板の間に差置いて来たことが認められる。証人土谷すなをの証言及び原告本人訊問の結果のうち右認定に反する部分は措信しない。
そこで差押調書の謄本を前記のように差置いて来たことが違法であるかどうかについて考察するに、国税徴収法施行規則第十六条の規定によると、収税官吏が不動産を差押えたときは、差押調書を作成し、その謄本を滞納者に交付しなければならないから、差押執行者は、原則として、差押調書の謄本の交付という方法によつて滞納者に対する差押処分の意思表示をしなければならないものである。しかしながら右謄本交付の方法については別段の規定がない。もつとも地方税法第十九条(旧法第三十四条)国税徴収法施行細則第十八条の規定が存するけれども、地方税法の右規定は、単に送達の場所を明示しているに過ぎないものと解すべく、又右細則第十八条の規定は、使丁を使用して送達をさせる場合に関する規定であるのみならず、その規定は、送達したことを明確ならしめるための訓示的規定に過ぎず、同条に規定する方法によらなかつたとしても、必ずしも送達がなかつたものと断定することはできないと解すべきであろう。民法上、隔地者に対してなす意思表示の効力発生時期は特段の定めがない場合においては、その通知が相手方に到達したとき即ち相手方が了知し得べき状態に置かれたときであつて、相手方が現実に該意思表示の内容を了知したか否かを問わないのである。国税徴収法に基いてなす行政庁の差押処分等の意思表示についてもまた右と同様に理解しなければならない。従つて差押調書の謄本の交付という方法による差押執行者の意思表示は、滞納者の居所、住所等地方税法第十九条に規定する場所において、差押調書の謄本が当該滞納者の了知し得べき状態に置かれたときをもつて当然に効力が発生するものと解するのが相当である。それで、本件のように、滞納者の住所において、滞納者自身は不在であるけれども、その妻が現在し、しかもその妻に対して差押調書の謄本を手交するも当然その受取を拒否されるような状況にある場合には、右謄本をその住所たる家屋内の玄関に差置いて来ても、それによつて適法な謄本の交付があつたものであり、差押処分の意思表示が効力を発生したものといわねばならない。もつとも地方税法第二十条(旧法第三十五条)には、書類の送達をうけるべき者がその住所、居所、事務所、事業所若しくは業務所において当該書類の受取を拒んだ場合等においては公示送達の方法によつて送達をする旨の規定があるけれども、この規定は、本件のような場合における差押調書謄本の差置き送達を禁止する趣旨ではないことが明かであるから、右の規定があつても前記説示を左右するに足らない。従つて差押調書謄本の未交付を前提とする原告の主張は、すべて採用しない。
次に原告は、「被告が本件建物の見積価格を著しく低額に決定したことは違法である。」旨主張するので、以下この点について判断する。被告が本件公売処分をなすに当り、本件建物の見積価格を金十六万円と定めて公売に付したことは、当事者間に争いのない事実であるところ、被告は、公売処分における見積価格は、被告の自由裁量によつて決定すべきものである旨主張するから、先ずこの点から考えるに、国税徴収法施行規則第二十三条は、財産を公売しようとするときは収税官吏はその財産の価格を見積りこれを封書として公売の場所に置かなければならないと規定しているけれども、その見積価格決定の標準については何等の規定も存在しない。しかしながら入札公売の方法によつて差押財産を売却する場合においては、原則として、入札価格で見積価格に達したものゝうち最高価格のものを落札者と決定するのであるから、見積価格の決定は、いうまでもなく、滞納者の権利に重要な影響を及ぼすものである。このことは、競売の方法によつて売却する場合においても、同様である。それで収税官吏は、見積価格を決定するについては、公売の公正を期し、差押えた財産に対する滞納者の権利を不当に侵害しないように慎重に考慮しなければならない法律上の義務を負担しているものというべきである。従つて見積価格は、特段の事情のない限り、公売当時の社会的且つ経済的諸条件から見て客観的に是認さるべき価格であることを要し、前者を後者に比して著しく低廉に決定することは違法であると解さなければならない。
これを本件について考察するに、証人師田庄左衛門、同上木茂兵衛及び同西川綱衛の各証言を綜合すると、被告は、本件建物を不動産たる現状の儘の状態において(即ち取りこわし家屋としてではなく)公売することを前提として、本件建物を評価し、本件見積価格を決定したことが認められ、更に証人坂口春吉、同中山彌助及び同水野友吉の各証言並びに検証、鑑定人牧野繁雄、同緒方一衛の各鑑定及び原告本人訊問の各結果を綜合して考察すると、本件建物は、原告が昭和二十二年に資金約九十万円を投下してその以前から訴外土川孝生より期限の定めなく賃借していた土地上に新築し、原告がみずから居住して来たものであつて、本件公売当時なる昭和二十七年二月頃において、不動産たる現状の儘の状態で売買する場合の右建物の一般取引社会における売買価格は、その敷地が叙上のような賃借土地であることを考慮に入れて評価して、少くとも金八十八万円以上であり、右建物を取りこわして武生市街地内の他の場所に移築するものとして売買する場合の右建物の売買価格(結局、他の建物の建築材料としての価格)でも、少くとも金四十万円以上であつたことを確認することができる。従つて被告が本件公売処分をなすに当つて定めた前記見積価格金十六万円は、右建物の当時における客観的価格より著しく低廉であつたことが明白である。ものとも、各成立に争いのない乙第四、五号証と証人林周三、同上木茂兵衛及び同西川綱衛の各供述とを綜合すれば、被告は、昭和二十六年五月頃鑑定人師田庄左衛門に依頼して本件建物を評価させ、同人の鑑定した価格金三十二万九千五百円をもつて本件建物の見積価格と定め公売期日を定めてこれを入札に附したが、落札者がなく、その後二回程見積価格を漸次減額して入札に附したけれども、同様落札者がなかつたところから、最後に見積価格を前記認定のように金十六万円と定めて本件公売処分をした事実を肯認するに十分である。しかしながら、この事実を参しやくし、更に本件建物の買受人は、原告に対してその明渡を求めるために多額の費用を必要とするかも知れないという状態にあつたし、又土地所有者の承諾を得ることができない場合には建物を収去して土地の明渡をしなければならない事態に立ち至る虞があつた、という被告の主張事実を考慮して判断しても、前記認定の事実関係の下においては、依然として本件見積価格金十六万円は著しく低廉であつたものといわなければならない。なお、証人師田庄左衛門の供述によると、同人は、被告より本件建物とその他の数個の建物との各価格の鑑定を同時に依頼されたので、自転車に乗つて順次これ等の建物を見分して歩いたのであるが、本件建物については、その内部には入らないでその外側を一廻りしてこれを見分しただけであつて、従つてその建物の間取、坪数、用材の良否等については、十分な検討をせず、しかも右建物を新築後二十年位を経過したものと誤認して、前記金三十二万九千五百円という鑑定価格を算出したものであることを知ることができるから、右の鑑定価格は、本来信用するに足らないものであつたのである。
以上のとおりであつて、被告が本件建物の見積価格を金十六万円と決定したことは、著しく低廉であつたから、違法であつたものというべく、そしてこのように違法な見積価格を基礎としてした本件公売分もまた違法であつたことが明白であるから、その余の争点については判断するまでもなく、本件公売処分は取消すべきものであり、従つて原告の本訴請求は理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条の規定を適用して、主文のとおり判決をした。
(裁判官 吉田彰 山田正武 島原清)
(別紙目録省略)